震災から5年 携帯電話使用不可から得た未来の教訓

パナソニックの防水ワンセグテレビとLEDランタンとワンセグ対応のガラケー

2011年3月11日、いがモバは地震発生時、神奈川県の横須賀市にいました。停電が発生し、地震後は携帯電話が使用不可に。情報収集に活躍したのがワンセグとラジオでした。あの日をもう一度振り返り、いつかまた来る震災への教訓にしたいと思います。

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震災から5年 あの日の場所を再び訪れてみた

京浜急行 京急久里浜駅

京浜急行 京急久里浜駅(神奈川県横須賀市)

2016年3月11日。東日本大震災から5年の日を迎えました。
いがモバは地震の日にいた場所を再び訪れてみることにしました。

震災当時、いがモバは神奈川県横須賀市の久里浜(くりはま)という街で暮らしていました。
海の見える生活にあこがれていたいがモバ一家は、震災の半年前に一大決心し、都内の家から久里浜の家に住み替えたばかりだったんです。

久里浜での生活は穏やかで、いつも海が心を癒してくれました。まだその時は、その海が多くの人の命を奪ってしまうなんて想像もしていませんでした。

2011年3月11日 震災当日を振り返る

2016年3月11日撮影

2016年3月11日撮影

2011年3月11日。徹夜勤務明けのいがモバは、翌12日の仕事が遅い時間からだったので、横浜で寄り道をすることに。

買い物を終えて久里浜に戻ってきたのが地震発生直前の午後2時40分すぎでした。

運命の午後2時46分

2016年3月11日撮影

2016年3月11日撮影

2011年3月11日午後2時46分。宮城県沖を震源としたマグニチュード9.0の大地震が発生しました。

横須賀市は先に停電が発生した

京急久里浜駅から京急ストアへ続くエスカレーター

2016年3月11日撮影

地震発生直後はまだ横須賀市には揺れが到達しておらず、先に停電が発生しました。

エスカレーターが突然止まり、倒れそうになるのを手すりにつかまり踏みとどまりました。

館内には「緊急地震速報」が鳴り響いていました。

京急久里浜駅の京急ストアの店内

2016年3月11日撮影

エスカレーターを歩いて降りると、だんだんと揺れが大きくなってきます。収まるどころか益々酷くなる揺れに危険を感じ、いがモバは建物の外に避難することにしました。

今思えば、建物から割れたガラスが落ちてくる危険性もありました。建物の外に出ることだけが安全を確保する手段ではないと反省しています。

激しく揺れる信号を見て大地震を確信した

京急久里浜駅前の広場

2016年3月11日撮影

駅前の広場に出て最初に目に入ってきたのが、今まで見たことのない角度で激しく揺さぶられる信号でした。

駅前のパチンコ屋からは悲鳴を上げながら逃げ出してくる人もいました。「大地震が起こってしまった。」いがモバはそう確信しました。

このままでは携帯電話が使えなくなる

NTTドコモのガラケー

2016年3月11日撮影

「こんな大きな地震だったら携帯電話の通話や通信が殺到し、通話やメールができなくなる。」これまでの経験から、とっさにいがモバはそう思いました。

EメールではなくSMS!

NTTドコモのガラケーのメール画面

2016年3月11日撮影

いがモバは、揺れが収まる前に家族にiモードメールではなく、「SMS・ショートメッセージ」を送信することにしました。

SMSは送受信できた!

NTTドコモのガラケーのSMSの作成画面

2016年3月11日撮影

「こちらは無事です。」家族へのSMSは無事に送信することができました。

当時、NTTドコモではi-modeのメールがメインで、SMSはあまり使われていませんでした。震災発生時はユーザーの少ない通信手段を利用するのも役に立ちそうです。

携帯電話が使えない中、ラジオで情報収集できた

FMラジオの画面

2016年3月11日撮影

いったい、どこが震源なのか。携帯電話のネットがつながらない中、地震の情報を調べるのに役に立ったのがラジオでした。

当時はソニーのウォークマンに内蔵しているFMラジオを活用しました。今はスマホにFMラジオが内蔵されている機種も多いので震災時に役立ちそうです。

FMラジオで東北地方が大きな地震に見舞われていること知り、大津波警報が発令されたことを知りました。

当時のいがモバの自宅は海のすぐ目の前。自宅にいる家族とペットの事が心配になり、家に向かう事にしました。

津波警報が出ているのに海に向かってしまった

横須賀市の久里浜海岸へ向かう道

2016年3月11日撮影

東京湾にも津波警報が出されていましたが、予想の高さが低かったため、「きっと大丈夫だろう」と思い、家に向かうことにしました。

結果的に横須賀市には大きな津波は来ませんでしたが、少ない情報でこのような判断をしたことは、状況によっては命に関わる危険な決断だったと反省しています。

穏やかな海に異変が

久里浜海岸の様子

2016年3月11日撮影

午後3時過ぎ。自宅近くの久里浜海岸にたどり着いた時は、海はいつもと変わりない様子でしたが、この後に異変が起こり始めます。

見たことのない引き潮

久里浜海岸

2016年3月11日撮影(写真は満ちている状態)

久里浜の海はどんどん引き始め、夕方には沖合にある黄色い標識の土台まで見えてしまうほどの引き潮となっていました。

そのくらいの大量の海の水が東北地方に引き寄せられたのだと思います。

海のそばの自宅

久里浜海岸に隣接する久里浜海岸マリーナタウン

2016年3月11日撮影

いがモバが当時暮らしていたのは、久里浜海岸に隣接する「久里浜海岸マリーナタウン」というマンションです。

ビーチの横というロケーションが、この日は逆に心配の元となってしまいました。

久里浜海岸マリーナタウンの外観

2016年3月11日撮影

余震が続く中、いがモバがマンションの入り口に到着すると、いがモバの家族も柱に掴まって揺れが収まるのを待っている所でした。

部屋にはペットがいるので、家族と一緒に階段を上って部屋に戻り、安全を確認することにしました。

停電が続く中 大活躍したお風呂用ワンセグテレビ

パナソニックの防水ワンセグテレビとLEDランタンとワンセグ対応のガラケー

2016年3月11日撮影

幸いにも室内の被害はほとんどなく、ペットも無事でした。ただ、久里浜一帯では停電が発生していて、テレビが使えません

そこで大活躍したのが、当時入浴時に使っていたパナソニックの防水ワンセグテレビでした。小さい画面に映し出される東北地方を襲う津波の映像に、家族と共に心を痛めました。

久里浜での停電は翌12日の午前1時ごろまで続きました。停電しているため、携帯電話の充電ができません。ワンセグテレビの電池もどんどん無くなっていきます。

「携帯の充電用の電池などを持っていればよかった。」その時の反省は今でも生かされています。

震災後の通信状況は?利用可能なキャリアがあった

地震後の携帯電話の状況の一覧

地震後の携帯電話の状況(一部当時はまだ販売していない機種を撮影に使用)

地震直後から携帯電話の通信規制が発生し、関東地方でも多くの人が携帯を利用できない状態が続きました。そんな中、一部の携帯キャリアでは利用可能だったんです。

いがモバは震災後にネット上の携帯電話の利用情報をチェックしていましたが、使えたという報告があったのは「イーモバイル」とPHSの「ウィルコム」でした。(現在はワイモバイル名で営業中)

震災当時はイーモバイルはまだ加入者が少ない状態だったので、基地局の電源が確保されている地域では、
通信ができる状態だったそうです。

また、PHSは携帯とはシステムが違って1つの基地局あたりのユーザーが少ないので、混雑せず利用することができたそうです。

東京では電気が使えたので固定回線で連絡をやり取りした人も多いと思いますが、横須賀市では停電していたので、モデム自体が使えず、固定回線はまったく利用できませんでした。

各キャリアは災害時の対応を進めていますが、ユーザー側ができる防災対策としては複数のキャリアの回線を持っておくというのも一つの方法だと思います。

津波の減災へ力を入れる横須賀市

津波ビルに指定されている久里浜海岸マリーナタウン

2016年3月11日撮影

震災後、横須賀市は津波の減災へ力を入れています。

いがモバが住んでいた「久里浜海岸マリーナタウン」を始め、海沿いのマンションや公共施設が津波警報が出た時に避難できる「津波避難ビル」の指定を受けました。

運用には住民の協力が必要ですが、久里浜海岸マリーナタウンの自治会はとても積極的です。同じ海のそばに住む人間として、東日本大震災は他人事ではなかったんです。

玄関にいつでも持ち出せる防災リュックを

いがモバの自宅の非常時に持ち出すリュックサック

2016年3月11日撮影

震災以降、いがモバの自宅の玄関には非常時にすぐ持ち出せる防災グッズが入ったリュックを置くようにしました。

高い商品を買う必要なし!100均のグッズでできる「防災リュック」

いがモバの手作り防災リュック

2016年3月11日撮影

リュックの中には5年間持つ羊かんや乾パン、カイロ、携帯の充電用の電池などが入っています。

100円ショップで購入したものも多く、防災用の高い商品を買わずとも、震災時に役に立つ物をそろえることができます。

使っていないバックがあれば、非常時に持ち出す「防災バッグ」を作ってみるのをおすすめします。

身近な防災対策は大容量電池のスマホやモバイルバッテリー!

フリーテルの「Priori3S LTE」とモバイルバッテリー

2016年3月11日撮影

震災時の停電経験から痛感したのが電気の大切さでした。スマホは情報収集にとても便利ですが、電気がないと何もできません。

普段からできる備えとしては、いがモバの記事でも紹介した「ZenFone MAX」や「Priori3S LTE」といった大容量電池のスマホを使ったり、大容量のモバイルバッテリーをかばんに1つ入れておくだけでも全然違うと思います。

「海」と共に生きていくということ

久里浜発 金谷行きの東京湾フェリー

2016年3月11日撮影(東京湾フェリーより)

震災後、いがモバはしばらくは海を見る事が辛くなってしまいました。震災は自らが選んだ「海のそばで暮らす」というリスクを突き付けられた出来事でした。

でも、人間に多くの恵みを与えてくれるのもやっぱりその「海」なんです。

毎日仕事の後に、ビーチで波の音を聞いていると、どんな嫌な事があっても気持ちを落ち着かせる事ができました。

今は仕事の関係で再び都内に戻りましたが、ブロガーとしての生活が成立するようになったら再び海のそばで暮らしたいと考えています。

「忘れない」で「継続」することが一番の支援

イオンの黄色いレシートのチャリティー

2016年3月11日撮影

震災から5年経ちましたが、東北地方の方の復興への闘いはまだ続いています。

イオンでは3月11日までの3日間、店内で購入した際のレシートを投函することで、その売り上げの一部が寄付するイベントを行っていました。

このように震災を「忘れず」、支援を「継続」することが何よりの応援につながると思います。震災の時に感じた助け合いの心を失わずに、小さな形でも支援を続けていきたいと思っています。

いがモバ
東日本大震災は多くの教訓を残しました。私たちができる事は、あの日に起こった事を忘れず、未来につなげる事です。この記事が皆さんの3月11日を思い返すきっかけになれば幸いです。
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ABOUTこの記事をかいた人

いがモバ 五十嵐 貴文

LCCジャーナリスト・モバイルブロガー。元報道ディレクターの経験と持ち前の行動力を活かしLCC・格安航空会社や格安スマホなど「コスパ時代のお得」を共通のテーマに取材しています。日経トレンディ・MONOQLO旅行ムックなどLCC特集にも掲載。中部国際空港・セントレアのLCCポータルサイトの監修・執筆も担当しています。